2018年05月17日

主イエスの切なる祈り(ルカ22章39−46節)

敵対する大きな力の中で、弟子たちは悲しみ、疲れ、眠ってしまったのです。

そしてサタンが叫ぶのです。俺の願うとおりになれ、思いのままになれと。

そしてこの世が、血なまぐさい首をもたげるのです。
そして人々は人殺しとなる。

サタンは叫ぶのです。俺の思い通りになれ。いったいお前たちの神はどこにいるというのだ、と。これがゲツセマネで戦われたイエス様の状況です。
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posted by かたつむり at 17:17| 説教 ルカによる福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月22日

ペトロの否認(ルカ22章54−62節)

これはペトロの絶望の物語ではないと言うのです。そうではなくて、人々を導く物語。ペトロの慟哭、その泣き声をこえて、人々を、私どもを導く物語であるのです。
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2012年05月05日

神の子を裁く(ルカ22章63−71節)

イエス様の御受難について、それを描く、詩だとか、音楽だとか、絵画とか、舞台とか、いっぱいあるというのです。イエス様がどれだけ非人間的な扱いをされたか。そのひどさ、それに対する怒りを、それらは描こうとしていると言います。

そのようなものを残酷に描き出すのは難しくないとその人は言います。何もお逆らいにはならず、なすがままにされておられるイエス様。

ところがとこの人は言います。ところがそのような、人為的なもの、装飾的なもの、作り出されて、イエス様の御受難を彩ろうとするものが、おおもとの聖書にはまったく欠けているのだと言うのです。「どなたがこの世界の歴史の中で、最も偉大な忍耐された方であるか」などの問いには興味がないのであります。
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posted by かたつむり at 22:40| 説教 ルカによる福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする