2012年08月22日

ペトロの否認(ルカ22章54−62節)

これはペトロの絶望の物語ではないと言うのです。そうではなくて、人々を導く物語。ペトロの慟哭、その泣き声をこえて、人々を、私どもを導く物語であるのです。
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posted by かたつむり at 23:39| 説教 ルカによる福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月05日

神の子を裁く(ルカ22章63−71節)

イエス様の御受難について、それを描く、詩だとか、音楽だとか、絵画とか、舞台とか、いっぱいあるというのです。イエス様がどれだけ非人間的な扱いをされたか。そのひどさ、それに対する怒りを、それらは描こうとしていると言います。

そのようなものを残酷に描き出すのは難しくないとその人は言います。何もお逆らいにはならず、なすがままにされておられるイエス様。

ところがとこの人は言います。ところがそのような、人為的なもの、装飾的なもの、作り出されて、イエス様の御受難を彩ろうとするものが、おおもとの聖書にはまったく欠けているのだと言うのです。「どなたがこの世界の歴史の中で、最も偉大な忍耐された方であるか」などの問いには興味がないのであります。
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posted by かたつむり at 22:40| 説教 ルカによる福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

罪のない方を訴える(ルカ23章1−12節)

驚くようなことをある人が書いていました。

「地上の氏族はすべて あなたによって祝福に入る」(創世記第12章3節)。

アブラハムの子孫がこの地のすべての民を祝福することになる。

あの有名な旧約聖書創世記の言葉が、主イエスの裁判において実現するのだと言っていたのです。
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posted by かたつむり at 19:20| 説教 ルカによる福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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